龍国日本!日本列島は龍(ドラゴン)の形に似ている。昔も今も未来もかわらない!龍も六芒星も宇宙からの波動エネルギー 


「龍」とは「六芒星」と見つけたり!


2009/01/26更新

                        

 カゴ目は六芒星、そして龍!

 
私の著書、「龍国日本」の中でも述べましたが、例えば「瀧」(タキ)という文字は、サンズイに龍ですが、
古代人が滝の水が落ちる様子を見て龍が天に登るがごとくに見えたので、瀧と云う文字が出来上がりました。
と云う事は、滝と云う文字以前に龍のイメージと龍の文字は存在していたはずです。

 それでは、「籠」はカゴの外観の、何をもって龍とし、それに竹冠を付けたのでしょうか。

それは竹で編んだものが、六芒星に造型されたのをもって、それに竹冠を付ける事によって、
「籠」としたのではないでしょうか。

 画像にあるように、竹で編んだ籠(カゴ)の目は六芒星の形をしています。

そこで、日本では古くから、六芒星、「ダビデの星」は籠目紋とも呼ばれています。

 さて、籠の文字をよく見てみると、竹冠に「龍」ですね。 と云う事は、そうです、六芒星は龍なのです。

 「龍国日本」の中でも、ブログ「六芒星の秘密を探る」中でも、何度も私は、

龍=六芒星=シリウス=宇宙からのエネルギー「気」と解釈しましたが、この「籠」「カゴ」の漢字の中にも
その関係が秘められているのです。

 「龍」の起源を探っても、「六芒星」の起源を探っても、シリウス星に行き着くのです。

 「龍」について、調べに調べた結果、「龍」とは何かを、一言で表すなら「六芒星」と結論付けたいです。

「六芒星」「ダビデの星」「宇宙の構造」「神の図形」のサイトはここから!
六芒星と龍を探る旅

(一)鞍馬寺

4月10(土)11日(日)と、念願の六芒星と龍を探る旅に出かけました。 伊勢神宮(三重)、鞍馬寺(京都)、籠神社(丹後半島天橋立)は全て六芒星に関係があり、それらはほぼ北西に一直線に並んでいる事をご存知でしょうか?
伊勢神宮の参道の石灯籠に六芒星が刻まれていることは、すでに何度も紹介しているとおりです。 当初、その直線上の伊勢神宮の下、南東に位置する伊雑宮(イザワノミヤ)(伊勢神宮の元宮と言われる)からスタートして、線上にある神社全てを網羅し、丹後半島で一泊して帰ってくる予定でしたが、一泊二日では時間的に到底無理だという事が分かったので、今回は京都の鞍馬寺から北西、丹後半島の先までを探索する事にしました。
 快適な走行で京都東インターを降りた後、少し渋滞しましたが、まだ桜の残る京都の町をすり抜けて鞍馬に着いたのは9時30分。 ふもとからケーブルカーに乗って本殿へ!

1)本殿前の土間の敷石が「六芒星」の形になっており、そこはゼロ磁場、パワースポットとしても有名です。それを知っている観光客が、その位置に立って宇宙エネルギーを得ようと順番を待っていました。
その後、修験道のような道を登って、不動堂へ向かいました。途中、山の頂上に当たる所の大杉権現で一休みしていると何か感じます。注連縄の張ってある大杉の近くによると、手にぴりぴりとエネルギーが感じられます。そのうち他の観光客も寄ってきて、「私も感じる」と言い始めました。 「感じない」という人に、ミラクル・ヘキサを貸してあげて手に持たせると、次々に、「キタ、キタ、すごい、すごい」と感激していました。

2)不動堂に着くと、そこの敷石も六芒星の模様になっていました。先ほどの婦人達が、ミラクル・ヘキサを貸してあげたので、エネルギーを感じやすい体質になったのか、もうミラクル・ヘキサなしでも「感じる、感じる」と感動していました。

3)次に立ち寄ったのが、奥の院、魔王殿です。ここは約650万年前、地球を救うために金星から魔王が降り立ったという伝説が残されています。私の予備知識では、ここには「六芒星」の形跡はないはずでしたが、「何かあるに違いない」と、注意深く調べて回りました。 やっぱりありました。石で作られた線香たての正面に、鞍馬寺の紋章、天狗のうちわと並んで「六芒星」に近いデザインが彫り込まれていました。
この拝殿の裏は、金星から魔王が降り立ったという伝説の磐石があり、立ち入り禁止になっていましたが、ここからもすごいエネルギーパワーが発せられていました。それを先ほどのご婦人に知らせると、顔を真っ赤にして「ホント、ホントすごい」と、興奮しまくっていました。
この後、鞍馬の山を反対側に降りて、貴船神社に立ち寄りました。






(二)貴船神社

鞍馬山を下りて、貴船川沿いの道路に出たところで時間を見ると11時30分でした。お昼ごはんにはちょっと早いので先に貴船神社を参観することにしました。沿道の食堂、料理屋の客引きを振り切って、貴船神社へ!

1)まずは本殿の拝殿へ、そして参拝。ふと目を上げると拝殿の鴨居に、金色に輝く花びらの形をアレンジしたような六芒星の鋲になっている紋章が目につきました。早速デジカメを取り出して撮影。

2)それから奥の院へ!1kmぐらい歩いた所にありました。途中に縁結びの宮がありましたが無視して奥の院へ! 拝殿の横に石を舟形に積み上げて注連縄を巻いてある石組みの塊がありました。手をかざすと、パワー、エネルギーを感じます。
この石組みの中に磐座があり、小石で囲っていて、昔は航海の無事を祈ってこの小石を船に積んで出かけた、と書いてあります。 この中に貴船石があるのでしょうか? しかし、私が思っていた貴船石のイメージとは違います。

3)帰り道、家内が娘の縁結びのため、先ほどパスした小宮へ参拝すると横道に入って行きました。「私はいいから、ここで待っている」と着いて行きませんでした。
待っている間に、食堂の客引きおじさんに、「先ほどの、奥の院にあった石組みが貴船石なの?ちょっと形が違うような気がするが」と尋ねました。おじさんは「違うよ!その縁結びの宮の奥にあるのが舟形をした、貴船石だよ」と、教えてくれました。聞いてよかった!見逃す所でした。 早速、横道にそれて上っていくとありました。
横から出ている古木の形が「龍」の形に見えるのは私だけでしょうか?
貴船とは、黄船とも書き、玉依姫が難波の港から黄船でこの地を訪れたと、説明書に書かれていました。
日本の天皇から世界のすべては始まったとする、古文書「竹内文書」によると、古代天皇は、空中に浮かぶ船で瞬時に世界各国に赴き、世界を治めていたとされています。その乗っていた船(宇宙船)が貴船であると。
下り坂にある途中のこぎれいな食堂で、昼飯を食べました。鴨肉入り京そばを食べましたが、茶そばでなかなかおいしかったです。 バスで貴船口まで下り、そこから電車で、駐車してある鞍馬寺口まで帰って行きました。
時計を見ると、もう3時でした。6時30分までに予約した旅館に入れるか? 一路、丹後半島の端、夕日ケ浦温泉を目指しました。





(3)籠神社

旅館は丹後半島・夕日ケ浦温泉「みのり旅館」。 夕食は食べきれないほどの刺身の盛り合わせと海の幸、そして温泉。 朝食も二つの重箱に入った豪華な詰め合わせ!
9時に旅館を出発。 しとしとと雨が降っています。昨日であれば、鞍馬からの山越えが大変だったでしょう。今日が雨でラッキー!丹後半島を南東回りに籠神社を目指しました。

1)籠神社(このじんじゃと読む)に着きました。想像していたより、立派な新しい神社です。たぶん、近年建て替えられたのでしょう。注意深く観察しながら、本殿にて参拝。
知る人ぞ知る、ここの絵馬には六芒星がプリントされているのです。私もそれを手に入れるためにやってきました。早速、隣にあるおみくじ、お土産グッズの販売所で確認すると、ありました。購入。
いろいろ物色していると竜神の絵馬も発見。3800円で、少し高いと思いましたがそれも購入。もう一つ、六芒星が刺繍されたお守りがあるはずでしたが、売り切れているのか見当たりませんでした。それとも販売中止になったのでしょうか?
お土産売り場の横で、観光客のご婦人が熱心に、当神宮の宮司さんと思われる白髪の70歳半ばの老人に質問しています。やはり、ここの宮司さんです。そこで私も問いかけました。
A)籠神社と隣接する真名井神社との関係。
B)元伊勢といわれるのは?
もちろん、あらかじめ予備知識は持っていたのですが、確認のためです。
神代の昔、まず真名井神社に、天照大神と豊受大神が降臨された。その後、崇神天皇の時代に縁あってこの籠神社にお移りになった。 その後、雄略天皇の時代に伊勢にお移りになったので、ここは伊勢神宮の元になるので、元伊勢と呼ばれている。
C)それでは、伊勢神宮の南にある、伊雑宮も元宮と呼ばれているが、その関係は?とたずねると、すぐに伊勢神宮の場所にお移りになったのではなく、いったん伊雑宮にお移りになられて、改めて現在の伊勢神宮の場所に約1500年前、古墳時代に遷宮されたとのこと。
 やはり私の思ったとおりです。順番は、真名井神社、籠神社、伊雑宮、伊勢神宮。そしてこのラインは、龍と六芒星でつながっています。
そこで、絵馬の内容について少しコメントを。

1)まず、お二人の神が、籠の船に乗っています。
籠といえば、一番古くは旧約聖書に出てきます。モーゼは葦で編んだ籠で流されて、エジプトのファラオの妃に拾われます。
記紀においては、兄、海幸彦にいじめられた弟の山幸彦は塩椎神に出会い、彼が編んでくれた隙間のない籠に載せられて龍宮へ着いた、となっています。
また「龍国日本」のなかでも述べましたが、卑弥呼の出自においては震旦国(琉球)の王が、妃が太陽を飲み込んで孕んだので、その子を葦の籠に乗せて、運命の赴くままにと海に流した、とあります。それも籠です。 籠にはそのようなバックグラウンドがあるのです!

2)次に、船といえば貴船神社のコメントの中で述べたように、太古の天皇は船(宇宙船)に乗って世界をめぐり、治めました(竹内文書)。高天原を駆け巡っていたのです。

3)「六芒星」の中に、太陽と月があります。太陽は、日神、天照大神、そして月は月読神、豊受大神です。 どう云うことかと言えば、私見ですが(重要)!
 天照は太陽、すなわち太陽崇拝。世界に太陽崇拝は多々あります。 太陽はわれわれ人類にとって大変重要で、大きな存在です。 しかし、太陽も月も大宇宙の中の1つの配置物に過ぎません。 大宇宙には、あるいは人類の成り立ちにおいては、もっと大きく重要な存在があります。それがシンボル六芒星の形で表されています。 それゆえ、太陽も月も六芒星のなかに含まれ存在しているのです。 六芒星=シリウス星。そして、六芒星=宇宙の構造。

4)籠神社、隣接する真名井神社も絵馬が示すように竜神を祀る神社でもあります。すでに述べましたが、籠の文字の中の龍の字は何の様(態)をもって龍にしているのでしょうか?
編んだ籠目は連続する六芒星の形をしています。そうです、六芒星は龍でもあるのです。それで、龍(六芒星)に竹冠を付けて籠としたのです。 ここに、私が追い求めてきた、六芒星と龍の関係を解き明かす答えがあります。

5)そして天橋立。龍神である二人の神、イザナギのミコトとイザナミのミコトが天之沼鉾で海をかき混ぜて、そのしずくで日本列島を創ったとされる場所、天之浮橋がこの天橋立であるとされています。 落ちたしずくの形が、龍形、日本列島となったのです。





(4)真名井神社 

天橋立股覗きで有名な高台へ行くために、観光客はケーブルカー乗り場に向かいましたが、我々は、逆の方向の真名井神社を目指しました。 籠神社から1kmほどの高台にあるので、車はそのまま駐車して歩いて登りました。 普通、鳥居の横には狛犬が鎮座するのに、ここは狛犬ならぬ狛龍が鎮座しています。まさに龍神、イザナギ、イザナミを祀る宮です。
階段を登った所に拝殿、その左には真名井の水が湧き出ています。 ありがたいので、勺で三杯も飲みました。
 ここで真名井(マナイ)のいわれを注釈すると、マナとは旧約聖書の「出エジプト」のなかで、モーゼがヘブライ人の奴隷をエジプトから連れ出し、奇跡で海を割って苦労して連れ出したのに、目的のカナン地方へ到着するまで、途中は干ばつ、不毛の地で食料にも事欠く有様。彼らの中に、これならばエジプトの奴隷時代の方がよかったなどの、不平不満が渦巻きます。その時、再度、神に頼んで恵んでもらったのが、天から降ってきたパンのような食料、それが「マナ」なのです。
そして、彼が持っていたアロンの杖で、岩を叩くと真水が噴出してきた、それが「マナの泉」、命の水なのです。
 ユダヤの3種の神器は十戒の石版、アロンの杖、そしてマナを蓄えたマナの壷です。これも、わが国3種の神器の、ヤタの鏡、草薙の剣、マガ玉の原型といわれています。 「マナ」が付くブランドの食料品、健康食品の「マナ」はここから来ています。 まさに、真名井の水とは、その「マナ」から由来しているのです。
 その奥には、石柱に天照大神小宮霊時と書かれた盤座。他の参拝者(何度も訪れているらしい)が「ここは何度来てもすごいなあ」と霊気を感じているようです。我々も早速近づき手をかざすと、すごい、びんびんと波動エネルギーが伝わって来ました。
その奥には真名井原神体山と書かれた、盤座。ここもすごい、手のひらにぴりぴり来ました。
後で調べると、ここも日本で有名なパワースポットの一つだそうです。 いっぱい霊気を浴びて下山。小雨降る中に天橋立が曇って見えました。 もう1時を回っていたので、籠神社を出発して、途中のレストランで昼食をとりました。






(5)斎宮竹野神社

丹後半島を海岸沿いに回り、籠神社の直線上北西にある、斎宮竹野神社を目指しました。途中、船宿の里、伊根に立ち寄りました。伊根は、民家が海面にせり出して、一階が船の倉庫になっており、裏からそのまま船を引っ張り出して海上に出られる漁師町です。その風情に趣があるので、よくテレビドラマのロケ地にもなるところです。小雨が降る中、かもめが群れ飛んでいました。
 ところが、斎宮竹野神社をカーナビで検索しても、出てきません。住所を入力して近辺までは来たのですが見つからないのです。地元の人に尋ねてやっとたどり着きました。沖縄でも同じ経験をしましたが、なんと斎宮はサイグウと読まずに、イツキノミヤと読むのでした。

1)ここは、伊勢神宮、鞍馬寺、貴船神社、籠神社、真名井神社を結ぶ直線上、丹後半島の先端にあるので何かあるだろうと期待しましたが、そうでもありませんでした。本殿の正面、軒下の16弁の菊と六芒星に近い紋章が印象に残りました。

2)そこから帰路につく途中、道の駅があったので、ちょっと特産物を物色するために立ち寄りました。私はあまり買い物に興味がないので、先に車で待っていました。その時、何気無しに付近の観光案内の標識に目をやると、なんと六芒星が付いているではありませんか。なぜ?と思い後で調べてみるとそれは京都府の府章だと分かりました。それにしてもこんな所に。何かの縁を感じました。

3)さあ、もう帰ろうと思って車のスピードを上げて走りだした所で、家内が「あんな所にも六芒星が!」と叫んだので、ウインドウ越しに見ると小学校の校舎に六芒星らしきものがくっついていました。車を止め降りて確認すると、京丹後市の竹野小学校で、なんと校章がまさに「六芒星」なのでした。
 感激! 籠神社の直線上の先に何かあるとは思っていましたが、小学校の紋章ではありますがやはり「六芒星」が存在していたのです。単なる偶然なのか、それとも何かこの地方に「六芒星」にまつわるいわれがあるから、この形になったのでしょうか?
伊勢神宮、鞍馬寺、籠神社のラインは、すでにネット上でも発表されて、知る人ぞ知る事なのですが、その先にも足跡があるということは大発見です! やはり何かある、このラインは!
  納得して一路、帰りは混むであろう京都、大津を避けて、三方五湖、敦賀経由で名古屋を目指しました。 19時無事帰宅!今回も充実した、楽しい旅でした。







北西に六芒星で一直線につながるライン





伊勢神宮参道にある石灯籠に刻まれた六芒星






























皆さん、日本列島が龍の形に似ていているということを御存じでしたか。
象徴的に、印象的にデザイン化されたのがこの龍国日本の図案です。
このデザインを通じて「心の原点」、「日本は龍の国なのだ」という意識を
できるだけ多くの人々に持っていただければ大変嬉しく思います。




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